日々を楽しむ!!

ルームセラピスト akiko's diary

「当たり前のこと」って当たり前じゃない

昨日は今年最初の満月でした。

 

そんな日の朝、Facebookで友人の子供ちゃんが1歳の誕生日を迎えたという記事がありました。投稿されたのは数日前でしたが、私が気づいたのが昨日。

 

赤ちゃんを授かったことも、ママになったことも知らなかったのでビックリしましたが、嬉しいお知らせでした!

 

そこには、なぜ今まで知らせなかったのか等いろいろな思いがつづられていたのですが、何事もなく元気に生まれてきて、元気に育っていくことが当たり前のように思われているけど、それは当たり前のことじゃないというような一文がありました。

 

実際、私の周りにも妊娠中毒症や切迫早産で入院した同僚、緊急の帝王切開で出産した友人もいますし、ダウン症の親戚もいます。

 

そうは言っても、元気に生まれてきてくれて、親子ともども元気に1歳のお誕生日を迎えられたことは喜ばしいことで、おめでとうのメッセージを送りました。

f:id:a-always-smile:20210130235648j:plain

 

そうやってスタートした1日ですが、仕事終わりにスマホを確認すると学生時代の友人からメッセージがありました。その時、何となく心がざわつくというか、ちょっと嫌な感じがしたのです。

 

メッセージを確認すると、いつもと同じような文面なのですが最後に「○○ちゃん(共通の友人)のこと知ってる?」と書かれています。ますます穏やかな気持ちではいられません。

最近、連絡等のやり取りができてなくて気になっている、と返信したところ、先月亡くなったというお知らせでした。

 

友人が結婚して、子供が生まれて数か月後、少し外出に慣れてきたころに会ったのが直接会った最後です。それも何年も前のことです。

物理的な距離と生活のリズムが違うこともあり、疎遠になっていましたが、それでも訃報はものすごくショックでした。

 

いろんな思いが溢れてきて今日は落ち着かない気持ちで過ごしていたのですが、近くのスーパーまで歩いているとき、「寒っ!」って思うのと同時に、○○ちゃんはもう寒いと感じることもないんだな。という思いも出てきました。

 

そこから、毎晩寝るとき「明日目が覚めなかったらどうしよう」とか、朝起きたとき「今日もちゃんと起きられた」とか、自分が『生きている』ことを考えたり確認することがないって、すごく奇跡的なことなのかもしれない。という考えに至ります。

 

考えることのないこと、それは当たり前のことだから。ママになった友人の記事を思い出しました。

当たり前のことって、本当は奇跡的なこと、有難いことなんだということを感じる機会を友人から与えられたようです。

 

とはいっても、いつもそんな風に考えているわけではなく、こんなに忙しいんだからもうちょっとお給料上げてくれたらいいのに、とか、前の人もうちょっと早く歩いてくれないかな、とか思っているのです。ま、人間ですからそんなものでしょう。

 

今はただ、友人の冥福と、残されたご家族が少しでも心穏やかに過ごせるよう、祈るばかりです。

 

f:id:a-always-smile:20210131000003j:plain

 

よく働いた!

今日の仕事は年に数回ある、とても大変な業務でした。

 

処理内容は比較的シンプルなものの、その処理量が半端ないのです。

本来は分散しても良いのですが、私の勤務先では「月末にまとめて」という慣習です。

 

一通りの処理が終わったら、定時前ですが1日の仕事が終わった感じで、残りの時間はほとんど仕事になりません。肉体的な疲れではなく、精神的な疲労感満載です。

(それなのに、まだ木曜日…)

 

そんな日の仕事帰り、もう帰ったら何もせず寝たい気分です。

でも、だからこそ自分への「お疲れ様」をしたくて、でも面倒で。

 

本当なら食べて帰りたいところですが、色々と気を使わないといけない日常です。

お惣菜を買って帰ることにしました。

 

ちゃんと野菜の摂れるサラダと、ちょっとお洒落なシュウマイ(by成城石井)+少しのお酒。


f:id:a-always-smile:20210128222922j:image

お皿に移すのは、ささやかな私のこだわりです。

 

普段、家では飲まない(飲みたいと思わない)私ですが、今日は自分への労いと、もう1日頑張れ!ということで。

 

基本的には自炊を心がけてはいますが、こんな日もあって良いよね~♪

と、思っています。

 

ちょっとしたラッキー! 1/27

昨日に引き続き、今日もちょっとしたラッキーを!

 

f:id:a-always-smile:20210126213318j:plain

と思ったのですが、ちょっと見つけられず(気持ちに余裕がなかったかも💦)。

今日の「自分をちょっと褒めてみる」ことを記録してみようかな~。

 

・お弁当を作った

・朝から、今日は遅くなること(残業)を見越して、晩ご飯の準備をした

・仕事でトラブルが発生したけれど、きちんと対処できた

・トラブルに時間がとられたけど、予定内の残業で済んだ

 

もっと小さい当たり前のことでは…

・寝坊せずに起きられた

・時間通りに仕事に行った

・目の前の人にきちんと対応した

 

こういったところでしょうか。

 

本当にちょっとしたことで、人から見れば些細なことかもしれませんが、自分で自分にOKを出す最初のステップ。

 

人に何かを教える、とか、人を導く、といったような大それたことはできないけれど、誰かの何かのヒントになれば嬉しいです。

2021年の節分

今年の節分は2月2日ですね。

 

f:id:a-always-smile:20210127215406j:plain

スーパーで節分の豆が売られているのを見て、もうそんな時期なのね~と!日にちを確認して、今さらながら気づきました。

 

節分が3日でなくなるのは昭和59年以来37年ぶり、2日になるのは明治30年以来124年ぶりだそうです。

 

3日に慣れ親しんでいるので、なんだか感じがします。

私にとって節分は、恵方巻を食べる日であり、1年をrestartできる日です。

 

何となく「今年はこういう年にしたいなぁ」と思っていても、今までの習慣や新年の忙しさに紛れて思うように過ごしていなかったり、そもそも年末が忙しすぎて1年の展望を考える時間が取れなかったり、ということがあります。

 

そんな時、旧暦の始まりである節分で仕切り直しをしています。

今年も、節分以降を良い気分で過ごせるように、振り返りの時間を取ろうと思います。

 

そして恵方巻

私は関西出身なので、子供のころから節分に恵方巻は当たり前のものでした。

当たり前ではない(地域性のあるもの)と知ったのは大人になってからです。

コンビニ等でも大々的に予約の案内を見かけるようになり、なんだかイベント化しているなぁ、という印象です。

 

そうは言っても、みんなが楽しく、お商売にもいい影響があるのなら、それは良いことだと思っています。

 

まだまだ新型コロナウイルスも広がっているようですし、気がかりなニュースも多くありますが、節分を機に良いニュース、嬉しいニュースが増えることを期待したいものです。

ちょっとしたラッキー!

今日の思ったこと、なんだか愚痴っぽくなってしまった…

 

夜は良いことに目を向けて!

ということで、今日のちょっとしたラッキーを振り返ってみる。

f:id:a-always-smile:20210126213318j:plain

 

・今日は朝も帰りも電車に座れた

・夕方から雨だったけど、外を歩くときは傘の出番がなかった

・パン屋さんに寄ったら、閉店間際だったのに好きなパンが残っていた

・仕事の帰り、駅に着いたらタイミングよくバスが来た

 

こんな感じかな。

何気ない日常。当たり前っぽいけど、小さなラッキーに目を向けることの大切さを教えてもらって、実践していたけれど、忙しさに忘れていました。

なくてはならない人って重要?

今日、仕事中に気になったこと。

 

今の職場では、対顧客という仕事のほかに、各々で分担している「会社の仕事」があります。

小口現金の管理、請求書の発行、備品管理、郵便(切手を含む)の管理…

どこの職場にもある仕事だと思います。

 

今、私が担当している仕事の1つに、電子(オンライン)を利用した官公庁への提出という業務があります。

そこには各スタッフが作成した提出物(データ)の取りまとめ、不備のチェックから提出、提出済の確認書を各々へ配布、といった一連の作業があるのですが、この業務をできる人が他にいません。

 

官公庁への提出を請け負っているので間違いがあってはいけません。2人体制で行っていましたが、もう1人は相互チェックのみで実務には戦力外です。

実際ここ数年、月末(提出のある時期)は「休むことができない」「体調を崩せない」というプレッシャーとの戦いでした。

この体制は事業所として問題があるので、現在2名を戦力にするため育成中ですが、なかなか…

 

ここで思ったのが、「今、私がいなくなったら、みんなどうする気?」ということです。

私としては、来月私がいなくても問題がないように、という気持ちで都度都度伝えているのですが、そうは言っても、完全に任せて安心とまでは思えない部分もあります。

 

私は会社というところは、1人が抜けたところで、多少の大変さはあっても回っていくものですし、そうあるべきだと思います。

「だから私がいないと困るでしょ」という考え方の人とも仕事をしたことがありますが、私の考えとは相いれませんでした。

 

プライベートにおいては、大切な人から唯一無二の存在として認識してもらうと本当に嬉しいのですが、仕事においては、特に今関わっているような”対人”ではない、フローに則って処理できる仕事においては、いつでも「なくてはならない人」よりも、代われる人がいる状況でいることが大切だと感じています。

 

他のスタッフにも、代わりがいないことに対して、もう少し危機感を持ってほしいなぁ、と思うのと同時に、育成中の2人には半年後を目途に独り立ちしてほしいな、と思っています。

 

私からすると、基本は全て伝えているので、いつでも独り立ちできるのですが(応用はその都度フォローする前提で)、何気に責任とか精神的負担が大きいので、嫌なようです。

 

はっきりとは言わないけれど、それぞれの思惑が交錯しています。

不審者⁉

私が住んでいるのは、治安が良いと言われる地域です。

が、だからと言って、何もない訳ではありません。

 

今日、仕事終わりにスマホを確認すると、友達からメッセージがありました。

「○○町で包丁を持った人がウロウロしているらしいから気を付けて!!」とのこと。

f:id:a-always-smile:20210125220245j:plain

メッセージをくれたのは私が確認する1時間ほど前。

自宅の最寄り駅まで30分以上なので、さすがに、もういないだろうと思うけれど、不安です。

 

友達からのお知らせを見た時点で、駅から歩いて帰るという選択はありません。

タクシーかバス。歩ける距離だけど、この際、交通費がもったいない等と言っている場合ではなく、身の安全と、安心を優先します。

 

最寄り駅についた時、不穏な気配もなく大丈夫だろうとは思いつつ、内心とても緊張をしながら帰りました。

 

友人にも無事帰れたことを連絡したのですが、稀に不審者が出るから気を付けて!ということでした。

f:id:a-always-smile:20210125221400j:plain

私も、そういう情報は得ていたのですが、やはり何事もない日常が続くと忘れてしまいます。

 

例え安心できる地域であっても、一人で行動するとき(特に夜)は無防備になりすぎないように気を付けなければ、と改めて感じた出来事でした。